2017/09/10

インタビュー(5)南條沙歩



語り手:南條沙歩 聞き手:山田毅、田川莉那
取材日:2016年4月11日

南條沙歩(なんじょう・さほ)

1989年岐阜県生まれ。身体感覚を意識させるような断片的な記憶と気配の描写、また現実的な時間と内的な時間の屈折や重なりを表現することを試みた手描きアニメーション作品を制作している。『Open Diagram』(2016年)では、童話『赤ずきん』をモチーフに一人の女の愛とその先にある幸福を描いた新作アニメーションを展示上映する。


                              


今回の作品について
山田:まず今回はどんな作品を作りましたか?
南條:私はもともとアニメーション作品を作っていたのですが、
今回出展した作品も『Open Diagram』の話が先にあったわけではなくて、
新作の構想が先にあって、それで展示のお話をいただいたので、
趣旨などを聞いて、自分の作品のアイデアも話して、
そこで食い違いがないかとか、
みんなに意見を聞いて、やらせてもらえることになりました。
新作のアニメーションと過去のアニメーション作品を上演したり、
あとは夢日記(※)というイラストを別の部屋で展示しました。

※夢日記:南條がインターネット上で継続的に発表している、実際に自分が見た夢を描くイラストレーションシリーズ。

山田:普段からどのようなことをテーマにして
アニメーションを作っていますか?

南條:テーマは大きく分けて2つあって、
1つは、自分自身が感じている時間について。
みんなが同じように感じているとされている現実の時間っていうのと、
内的時間の流れというのがたまにずれたりとか、
重なったりっていう感覚があって、そういう微妙な差異を表現しています。
もう1つのテーマは、記憶とそれにまつわる身体感覚についてです。
記憶ってイメージとか言語とかそういうので語られがちなんだけど、
もうちょっと皮膚感覚とか、自分の身体に直接根づいている
記憶の断片のようなものを平面に置き換えて、表現しています。

山田:それは新作も一貫して変わらずやっていることですか

南條:今挙げたことって、
それを表現しようと思って生まれるんじゃなくて…。
最初、私がそのことに気づいたのも
作品を見た人がそういうふうに言ってくれたことで、
自分が無意識にそういうことを表現しているってことに気づきました。
作品って、シナリオもあるし、要素が複雑なので
そこで共通のものを見つけるって難しくて、
自分が何を表現したいのかって探せなかったんですけど、
今は作品をつくりながら
自分がアニメーションにしたいものが自然とできているって感じですね。

山田:作品を上映する場所っていうのはどのように捉えていますか?

南條:今までは、外で刺激を受けても、
作るときは、自分との対話みたいな感じで、
家とか学校とかに閉じこもって、
自分の内なる世界の中で作ってきたんですね。
作品ができても、それを自分の意志でどこかに持っていくというよりは、
出品して上演してくれるようなところでの作品発表が多くて。
なので、場所に関して、自分で選んだりということはなかったです。
でも今回、元崇仁小学校で自分の作品が流れるということを想像した時に、
「なるほどな」としっくりは来て。

山田:最初、今回の展示に関して想定していたってことはどんなことですか

南條:京都市立芸術大学の大学院に来て、
最初の作品展(※)が京都市美術館の大陳列室だったんですけど、
たくさんの作品が所狭しと並ぶ中で、
自分の作品に関わる規制やトラブルが結構あったりして、
もどかしい思いをしました。
その時、やっぱり自分の作品をは理想の環境で見せるべきだし、
それで見る人が気持ちよくなれるかどうかはとても大事だなと思って、
今回は部屋を大きく使いました。
あとは赤い布を使うっていうのも考えていて、
そういう要素を空間に盛り込むことは考えていました。

※作品展:京都市立芸術大学の進級・卒業制作展である「京都市立芸術大学作品展」のこと。

山田:『Open Diagram』は、ふたを開けてみたら、
他者との関わりがもう少し多かったと思うんですが、
そのあたりはどうでしたか?

南條:崇仁という場所とどうか関わっていくかとか、
『still moving』(※)がどうであったかっていうのは
それまでそんなに意識してこなかったので、
そこに自分が加わるということがいいのかな
っていう気持ちは展示が始まるまでずっとあって、でも始まったら自分がやれることをやるしかない。
それは、どうなるかなっていう楽しみ半分、
雰囲気を壊していたらどうしようという不安もありましたね。
他のみんなは女川のプロジェクト(※)に参加していたりだとか、
『still moving』のスタッフをしたりしてて、
そこで得た経験とか過ごした時間がみんなの中にはあるけど、
自分にはそれがないっていうので、
そのあたりが中々気持ちの埋まらないところでした。
かといって、背伸びしてみんなと同じ目線に立たなくてもいいのかなとは
思っていたので、
そこに追いつけないというような焦りみたいなものを抱えながらも、
私は私の目線を持って私のことをしようと思っていました。
『Open Diagram』が実際に開かれているかどうかって、
どうだったらオープンなのかっていうのが、
私は最後までわからなかった。
その不安から、結局みんなの話を聞くだけになってしまっている自分がいて、
もっと積極的に開けていけた部分もあるのかなとは思ったりしたかな。

※『still moving』:京都市立芸術大学移転を契機に企画された展覧会。2015年3-5月に元崇仁小学校および、周辺地域にて、国内外のアーティストが参加し開催された。会場設計に建築家の長坂常氏が参加した。 


※京都市立芸術大学の有志「trams」による、宮城県女川町での活動。お盆の時期に小さな焚き火を住人の方々と囲む「迎え火プロジェクト」などの活動をっている。『Open Diagram』のメンバーでは、今尾・熊野・黒木・寺嶋・橋本・山田が参加している。

山田:『Open Diagram』という展覧会や
人との関係性の中で見つけたものはありますか?

南條:私は、けっこう無関心な方だったんですよ。
移転とかに関して。
京都の人間でもないし、京都の土地勘もないので。
でも自分の作品をつくるために
何回も元崇仁小学校に通っていた時に、
学校と仲良くなっている感覚っていうのがあって。
私の場合は自分の部屋の匂いを覚えたりだとか、
床のざらつきとかが身体記憶としてあったりだとか、
どこに物があるのかっていうのがわかってきた時に、
全然始まってないのに、どうしてか展覧会の終わりが見えてきて。
その場所にオープンに関わっているかはわからないけど、
そこで実際にノートPCを持ち込んで作品を描いていて、
絵コンテに無いシーンを衝動的に書きはじめてしまって。
それは、ラストシーンの
波に押されてどんどん身体が崩れていくっていうシーンなんですけど、
長くその場所に通ったりとかしていたことによって、
家だったら生まれなかった感覚が作品に繋がっていたかもしれないし、
移転のこととかも、来てくれた人にすごい説明したくなって、
相手もそのことは知ってはいるんですけど、
気持ちの持ち様が違うから、どんどん説明したくなるし、
気持ちの高ぶりを感じて、
なんか思い入れがあったんだって思って。
展示準備のとき、いよいよ始まるっていう高揚感の中で、
でも未来にはここが無くなっているんだっていう想像を何回もして、
その限られた間に今自分たちがいる切なさみたいなものをたくさん感じました。
特に電気の配線をしていた時
その電気が未来にも過去にも通じているような、不思議な感覚でした。
ただ作品を出すだけじゃなくて、
会場全体のことを感じながら自分の作品もそこにあるっていう、
結局そういう感覚や経験が得たものかな。

山田:展示場所に関して、
外光にこだわりがあったと思うんだけど、
何を考えて展示空間を作ろうとしたのかっていうのを教えてください。

南條:最終的には、映像上映をする部屋と
夢日記を展示する2部屋を使ったんですけど
最初のプランでは、全部つの部屋に展示するイメージだったんですよ。
上映の部屋と分けた方がいいっていうアドバイスがあって
隣の細い部屋も使うことになりました。
その後、雨の日に下見に行った時、
雨の校舎がすごくよくて、私は作品の中で光を結構大事に考えていて、
真っ暗にしてその光を綺麗に見せたいけど、
この場所にも光があるしそれで自分の作品を見せるために、
そこにある光を遮断するっていうのは、果たしてどうなのかなって思って。
機材の限界とかもあるんだけど、試行錯誤して
最終的に、3列ある窓のうち1列だけ遮光しないことにしました。
結果、昼間は見えづらいって声もあったんですけど、
それでも塞ぐ気になれなくて、そこは場所を使わせてもらってるけど、
ルームシェアみたいな感じっていうか、
場所が持っている記憶と
私がやりたいことをシェアするみたいな感覚があったので、
そこで自分だけの言い分を通すのは違うかなって。
もう少し何かできたんじゃないかと思いつつも、
結果的に、映像上映をする部屋に外光を入れてよかったなと思っています。

山田:夢日記の部屋のプランと内容を変えたことについては、
どういう経緯でしたか?

南條:最初、赤い布を映像の部屋のソファーの前に
絨毯みたいに敷こうかなって思ってたんですけど、
ただそれだと単純に絨毯だし、
レッドカーペットみたいだから重々しいなって思って。
その後隣の真っ白い部屋の壁に貼ることを思いついて、実際に貼ってみたら、丸窓と吊られている四角い平面も相まって、
自分が見たことがある夢の世界みたいだったんです。
夜に見ると運動場の照明塔の光がオレンジ色で
それが部屋の中を照らしていて、
その中に浮かび上がる白と赤っていうのが、悪夢だって思って(笑)
最初は、絵コンテとかを貼り付ける予定だったんですが
「綺麗な悪夢」みたいに見える部屋だったので、
そこに自分の夢を並べようと思いました。

田川:赤い布の理由はありますか

南條:出展作品のテーマが、
童話の『赤ずきん』だったので、
そこのつながりで赤って言うのもあったんですけど、
赤色って結構ドキッとする色だと思うんですけど、
それを綺麗に見せたいっていう思いがあって、
場所とリンクさせたかったのかなと。

山田:赤いセーターを着ている時が印象的だったので、
れで僕はけっこう納得がいきました。

南條:夢で自分が何色の服を来ているかって覚えてないんですけど、
赤いワンピースを見ているときは、覚えてるんですよ。
振る舞いが暴力的で子どもになるっていう。
普通だったから我慢するようなことを
赤いワンピースの時は一切できなくて、
夢に学校の先生が出てきた時も反抗的で、
「自由だー!」とか言いながら
めっちゃ田んぼ走ってるみたいな夢になります。

田川:そのときは夢の自覚はあるんですか?

南條:ないですね。
でも、色で感情や性格が表現されるのも面白いなって。
他の作品でも、赤色はいつも大事に使ってます。

山田:グループ展なので他の人の展示もあったと思うんですけど、
他の人の展示に関してはどうでしたか?

南條:最初にどこを使いたいかって会議をしているときに、
熊野さんが廊下とか言ってて、
聞いた時はよくわからなかったんですけど、
実際に見たら、
「あー、熊野さんにはこういうふうに見えてたんだ。なるほどな」
って思ったし
今尾くんに会場下見の時に、偶然何回か会うことがあって。
彼は学校の中を色んな視点で見てて、
会うたびにアイデアを教えてくれるんですね。
この人は本当に場所と仲良くなるのがうまい人だなって思いました。
出来上がった作品を見たのは
作業も大詰めの夜だったんですけど、素直にかっこいいって思って。
とにかくみんな場所の見せ方とか使い方が上手で、
腑に落ちるっていうか。
私が勝手に感じでいた崇仁やみんなに対する距離感みたいなものが、
みんなの作品を見ることでグッと縮まって、
色々納得できたというか、そこで彼らがオープンになっていることに対して、
すごくありがたさを感じて。
私が作ってるときに、隣で山田さんの壁がどんどん建っていって、
私は小学校でノートPCを広げて静かにやってるのに対して、
隣で山田さんがよいしょって壁を立てているのがすごい良くて、
人の労働と物質の質量とその時の流れみたいなものが
自分の制作環境にあったことがすごい大きくて、
いつも引きこもって作業している自分にはとにかく新鮮でした。

山田:静かだったもんね(笑)

南條:ペンタブはカリカリもいわないですからね。

山田:そういう経験は南條さんの今後の経験に
何かしらの影響を与えているんでしょうか?

南條:それはそうですね。
今回は、誘われる前に作りたい作品は決まっていたんですけど、
場所から何かを得られる環境がすごく刺激的だったし、
こんなに人と関わりながら作品をつくった経験が今までないので、
それはすごく今後に影響する経験だったのかな。
今までは引きこもってないとダメだくらい思ってたんだけど。

田川:それはなぜですか?

南條:それは学部生のころ先生に、
「おまえは岐阜の山奥に引きこもってるからいいんだ」
って言われたことがあって、
それを真に受けてたっていうのもあるし、
実際自分は、理不尽なことや悔しかったことを
直接人にぶつけるのではなく、
家に引きこもってネチネチと作品を作りながら、
「今に見てろよ」っていうタイプなんです(笑)
それに、作品って、もうこれしかないってその日は思っても、
次の日起きたらやっぱり違うなっていうことがたくさんあると思うんですけど、
私は特に、外から刺激を受けて
作品が変わっていくことを恐れてしまう傾向があって、
そういうところも引きもって作ってしまう要因かなと思うんですけど。
それじゃダメだなって気づきながらも、
なかなか変えていくのが難しくて。
今回の作業環境に辿り着いたのは、
最初から考えてたことではなくて、
手伝ってもらっていた後輩を現場に残して
自分は家に帰って作業するのは違うなと思って、
ノートPCを会場に持ち込んだんです。
自分のペースではできない部分もあるんですけど、
こういう環境でも
自分は作品をつくれるんだっていう驚きもあって面白かったですね。
悪くなることもあるし、
もちろん良くなることもあって、
それはそういう場所に行ってみないとわからないことだったから、
そういうことも含めてよかったし、
きっと次の制作の仕方も変わってくるし、
つくりたいものも変わっていくし変わってると思う。
ただ《犬の庭》はもう少し時間をかけ完成まで手をかけ続ける予定なんですけど、気持ち的には今までとは違うかなと。

山田:距離的な話でいうと、
一番印象が変わったのは南條さんのような気がして、南條さんが持ってるトゲみたいなものの角が
少しだけ取れたような気がしたかな。そういうのが次の作品では気になる。
そのトゲっていうか近寄りがたさみたいなものは、夢日記とかの世界観を作っているようにも思って、
だから南條さんが近くにいるっていうのが、
作品のそれとどう影響してくるのかなっていう。

南條:私は、普段ノーって言えない性格なんですけど、でもやっぱり根に持つんですよね。
たとえば自分が向こうの印象に合わせてしまった時って
自分がそうしたのに、すごく自分が嫌になったりして、
ずっとウジウジしてしまうんですよ。
次あれを言われたらこう言おうとか、
あの人にはもっとこういう態度でいこうとか、
しょーもないんですけど(笑)
だけど夢って、
そういうウジウジとはまた違った形で自分の意思が見えるんです。
そういうのが、すごく清々しいときがあって。
現実ではどうしても守りはいってしまいがちなところが、
逆にもっと攻めていこうっていう気持ちになれるのかな。
そういう意味で、
夢日記が今の私の精神を支えてるみたいなことはあるのかも。
でも、自分のよりどころするという意味で続けるのではなくて、
アニメーションの作品とは別に
自分を培ってくれるというか育ててくれる存在として、
大事にしたいなと思ってます。

田川:南條さんは場所に影響を与えたのでしょうか?

南條:展覧会が終わって、
みんなが作品を片付け始めていた時、
ふと、どこに行くんだろうって思ったんですね。
ここに存在していたもの、時間、思い、みたいなものが。
それを、隣で作業していた山田さんに聞いてみたんです。
そしたら、「幽霊になるんじゃない?」って言われたんですよ。
感動しました(笑
再びその場所に行った時に、
記憶の中にあったものが、またその空間に浮かび上がってくる。
大きな時間の流れの中で、
ちょっとでもその場所に混ざることって、
大げさだけどちょっと奇跡みたいですよね。
なので、自分がその場所の時間を使ったっていうのが、
場所に影響を与えたかなとは思います。
実際目に見えてその場所がどうということはないけれど、
まあ、自分がそう思いたいだけです(笑)

田川:自分の時間と他の人の時間についての話があったと思うんですけど、
もう少し詳しく教えてもらえませんか?

南條:ちょっと違う話になるかもしれないですけど、
中学校の頃から、学校サボるのが好きだったんですよ。
学校って席も決まっていて、時間割も決まっていて、
自分がどこで何をするかっていうのが管理されているんですが、
その状況から自分の意志で逃れるっていうことが、
すごい好きだったんですよ。
でも勉強が嫌いとか、そういうことではなくて、
全然違う場所から、自分がいるはずだった教室の風景を
想像するのがすごく好きで、そういうことをずっとしてました。
場所によってそれぞれの時間の流れがあって、
その中にまたそれぞれの自分がいて、
まるで自分が何重にも存在しているような、
そういう感覚なんです。
それをまだ言語化できてなかったんで、
まわりからは「不良だ!」みたいな。
私の中ではサボってる時って、
そこに肉体があるけど、実際にはあるべき場所にいるかもしれなくて、
そういうズレてしまった現実を楽しむ時間でした。
その時から、どうやら現実って一個じゃないみたいっていうのは、
ずっと思ってて、
ただそれを言語にするとすごいSF的な感じがして、
中二病だなっていうふうに終わっちゃうんですけど(笑)

例えば、以前制作した《ニニ-nini-》(※)という作品の場合、
「時間コンテ」っていうのを書いていて、
まず作品の始まりから終わりの時間の流れの線を縦に引くんですよ。
次にそれを場所別にレーンわけします。
そこに事象を置いていく。
ストーリーがあって場所と時間があるんじゃなくて、
場所っていうものに時間がついていて、そこで物事が起こる。
だから場所に書きたいものを配置していきます。
結果作品としてひとつの時間に納めないといけないので、
そこでシーンの配分を決めて、そこから絵コンテに持っていって、
実際にアニメーションにしていくっていう。
だからシナリオを考えるときも、
どういう場所であるかってすごく大事に考えます。
本当に自分が描きたいってことって
画面の中に映っているところっていうことよりも、
その部屋の窓の外の情報だったりしてて、
場所と時間の関わりっていう感覚的なもの。
映画館で上映して、自分の作品だけに集中させるって
本当に気持ちがいいことなんですよ。
でも『Open Diagram』のように
その場所で作品をつくるっていうのはそういうことじゃないと思って
場所があっての展示であるっていう。
だから今後そういう作品が生まれるかどうかはわからなくて。
どんな場所とので会いがあるか分からないから。
作品が未完成のまま展示空間を作っているというのが
初めてだったっていうのがあって、
だから窓の外への意識っていうのが働いたんだなって。
でもやっぱりこの場所で上映するからには、
観客も場所を感じ取った方が気持ちいいに違いないって思ったし、
結果良かったかなって。
私の作品はこんなふうに場所と関わることができるんだって、
今回の展示は、本当に不思議な体験でした。

※《ニニ-nini-》:2014年に制作された短編アニメーション作品。